吉野雛

吉野に行って来ました。

現在秘仏公開されている、金峯山寺蔵王堂の金剛蔵王権現様のお顔を
初めて拝見して参りました。

吉野のお土産屋さんでふと目についたお雛様。
「古代吉野雛」という名の通り、古代の装束に身を包んだ
とても可愛らしい立ち雛で、思わず一目惚れして購入しました。
何組かあるお雛様の中から、それぞれ気に入ったお雛様を選ばせてもらいました。
みんなお顔が微妙に違っていて個性があるんです。

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私が選んだのはこの一組。
おっとりした女雛様と、どこか一癖ありそうな(?)男雛様。

以前から、一組お雛様が欲しいなあと思っていたところでした。
守り雛ということで
一年中飾っておいてもいいそうです^^
☆太田桜花堂の吉野雛

また機会があったら、吉野を訪れたいですね〜。
混むけど桜の季節にもぜひ一度…
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Commented by はわわうさぎ at 2016-05-24 22:51 x
こんにちは、吉野良いですね。(^^)
南朝ゆかりの地なので、余計に興味が沸くのかもしれません・・・。
Commented by yukikomado at 2016-05-25 17:46
コメントありがとうございます^^
そうですね。吉野は後醍醐天皇をはじめ
天武天皇や源義経など、歴史的にもたくさんの
足跡があってとても興味深いです。

Commented by ぐり~ん at 2016-07-04 07:04 x
とっぽさんお久しぶりです

というかこちらでははじめてご挨拶させていただくことになりますね。
たしかに吉野は義経も関係していましたね。逃避行に先祖も同行しているのですが吉野のあたりは記憶が曖昧になっていました。
そのことを思い出させていただきました。
ありがとうございます。
Commented by yukikomado at 2016-07-21 10:26
> ぐり~んさん
コメントありがとうございます。返信が遅くなってしまってすみません!(お知らせ機能がないので気がつきませんでした…!!( ≧Д≦ ))
ぐり〜さんのご先祖様は義経公の家臣の方だったのでしょうか?たまたま読んでいた白州正子さんの能の本に、吉野に静御前の亡霊が出て来るお話が載っていたのでそれを思い出していました。吉野は色々な人達の想いや足跡が残されていますね
Commented by ぐり~ん at 2016-07-22 01:12 x
とっぽさんこんばんは

はい。私の家は家系図上は佐藤忠信の子孫にあたります。
『義経記』によれば、吉野では義経公を頼朝の追っ手から逃したあと、自ら「我は義経なり」と名乗って敵を引き付けて戦い、その間に義経公一行を逃したようですね。
しかし、吉野では奮戦した忠信公もその後は京都で討ち死にしてしまいました。
ただ、源平の戦い自体では忠信公は源氏方として壇ノ浦まで行って平家追討に戦っていますから、その功で子孫は出羽国置賜地方から最上郡にかけての旧領を安堵されています。時代は流れて戦国時代になると伊達家の重臣となり明治に至りました。
Commented by ぐり~ん at 2016-07-22 01:24 x
あと言い忘れていたことを一つ…

白州次郎・正子ご夫妻が晩年を過ごされた武相荘は今の私の住んでいますところからすぐそばなんですよ。
一度は行きたいと思いながら、次郎氏のことを描いたドラマがヒットして以来武相荘は激混みになってしまって未だに行けてはいませんが。
正子さんは吉野とか丹生都比売神社や高野山のある紀伊半島がお好きだったようですね。
私も最近とみにご縁をいただいています紀州伊都郡天野にご鎮座されますその紀伊国一宮・丹生都比売神社や天野一帯のことを「まるで桃源郷に来たようだ」とエッセイに記されていて、同じ感慨を抱いていた私も思わず嬉しくなってしまいました。
Commented by yukikomado at 2016-07-23 23:21
> ぐり~んさん
こんばんは。コメントありがとうございます。ご先祖様の記録がしっかり残っていること…素晴らしいですね^^ 白州正子さんが、そのようにおっしゃっていたとは…丹生都比売神社は以前から気になっていたんです。写真を見ると、素敵な所ですね。桃源郷というのもうなずけます。機会があったらぜひ訪れてみたいと思いました。ありがとうございます。
by yukikomado | 2016-04-29 18:28 | つぶやき | Comments(7)

名古屋在住の絵描きです。 作品紹介や、日々のつぶやきを更新中。


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